北海道 小樽・函館への列車旅 (2)



北海道 小樽・函館 旅日記

小樽は、明治・大正時代、北海道開拓の玄関として交易が盛んになり港は、大変賑わった。
沖合から、荷物を運ぶ艀(はしけ)が、直接 倉庫の近くまで入る水路を作ることになった。
これが小樽運河です。
しかし、戦後 大型の貨物船になり、海岸にふ頭の整備が進み、
水路としての役割を終えた。
昭和61年 水路の半分を道路及び散策路として整備
今の姿として残った。
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この日 運河に近いホテル「運河の宿 おたる ふる川」に泊まる。
フロントの長椅子として、大きなケースが置いてある。
多分 昔 一般人の船旅がまだ珍しい時代、裕福な人々が衣類など入れる巨大なケースを船に載せて旅行した。
その際 使用されたものだろう。
今となっては、ビンテージ物だ。

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温泉は、私好みの造作である。
街の中の温泉とは、思われないような湯殿の雰囲気がある。
露天風呂の庭木、石、木板、竹、蔦などを雰囲気良くインテリアとして使用している。
この季節 風鈴を飾っていた。
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ホテルの食事室から小樽運河の倉庫を見ながら
北海道らしい美味しい海鮮料理を頂いた。
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特に刺身 巨大な帆立 & ボタンエビ、イカ素麺が美味しかったナ~。
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夕食の後、小樽運河に行く。
アジアからの観光客で賑わっていた。
北海道 千歳国際空港は、今年 中国からの路線が増えたことで、
今年上半期 過去最高の外国人観光客を記録したとか。
日本人の観光客より人数が多く、色々な言語が飛び交っていた。
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煌くガス灯 & 倉庫群
小樽運河のガス灯が水面に映って綺麗だ。
この夜の気温は、12.9℃ 春先 3月頃の寒さのように思えた。
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小樽運河の周辺は、明治・大正時代に建てられた立派な西洋建築が数多く残っており、
明治・大正期の港町 小樽の繁栄ぶりが窺えた。
小樽 浪漫館
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オルゴール館

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旧 日本銀行 小樽支店
昔も今も 日本銀行がある都市は、交易などの産業で発展、
物資、人々の交流も盛んである。

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北一硝子

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宿泊ホテルをチェックアウト、
旧 国鉄 手宮線の廃線路を歩く。

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路肩に「サクランボ」がたわわに実っていた。
一粒採って味見すると、甘くて美味しかった。
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廃線路を歩くと、使われなくなった駅「色 内 驛」もあった。
かって、この駅が使われていた当時、駅の周辺は、大いに賑わっていたと思えるが。。。
今では、一見 廃屋(失礼)に見えるような長屋がある。
小樽の街中、かなりディープな一区画があった。
このディープな長屋の表の顔を見たくなった。
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昔のアメリカ映画で ニューヨーク街で車が消火栓に追突すると
消火栓から勢いよく水が噴き出る映像があったが、
正に その消火栓が。。。
かって この地 小樽は、繁栄した港町であったことが理解できる。

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裏側の廃線路から表に行くと、
使用しているのか ? いないのか ?
表に廻ってみても、イマイチ分からない。
確かに 店の看板もある ディープな場所である。

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高いビル と 廃屋風の長屋
廃屋 いや 人が暮らしているかも知れない。
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時間が早かったので店は、オープンしてなかったが、
何とも気になった場所だ。
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店と云ってもローマ字で「MOGURA」(もぐら)とあるが、
何の店なのか さっぱり分からない。
立ち寄ってみると、結構 面白い店主がいたりして。。。
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3日目は、小樽駅から快速列車と特急列車 スーパー北斗号を乗り継ぎ、函館 大沼公園駅で下車する。
小樽駅 4番ホームには、(石原)裕次郎ホームと命名され、
「4」の数字が、石原裕次郎が好きだったヨットの帆をデザインしてあった。
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小樽駅の横にあるビル1Fで、人気の「かま栄のパンロール」を買う。
電車内で昼食の足しにした。
初めて食べるような味で美味しかった。
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次回は、函館・大沼公園散策から始まります。









# by saitamanikki2008 | 2017-07-06 14:48 | Trackback | Comments(1)

北海道 小樽・函館への列車旅



北海道 小樽・函館 旅日記

大人の休日倶楽部パスを購入して、6月25日から北海道へ行く。
JR大宮駅からAM 6時58分発 JR北海道 新函館北斗駅行きの新幹線 一番列車「はやぶさ1号」に乗車した。
「JR 大人の休日倶楽部パス」5間有効(26,000円)は、JR東日本、JR北海道の新幹線、特急を含んだ全路線乗り降り自由、
座席指定を6回までを含むリーズナブルで便利なパス(切符)です。
旅のルートは、列車で小樽まで(泊)、
二日目 レンタカーを借りて、
小樽 貴賓館(旧 青山別邸)、小樽 鰊(にしん)御殿、
ニッカウヰスキー余市蒸留所から積丹半島 神威岬へ行く。
小樽に戻り(泊)
三日目 小樽駅から列車に乗り、大沼公園駅下車、散策(泊)
四日目、大沼公園駅から函館駅へ。
市内散策(泊)
五日目 函館の市内散策して新幹線で大宮駅に戻る。

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JR大宮駅から4時間弱で津軽海峡の青函トンネルを通過して、JR北海道 新函館北斗駅に着いた。
青森の青函トンネル側に入る際、車内放送で簡単に青函トンネルの案内があったが、
車内放送で「ようこそ 北海道へ」というアナウンスを聞くまでは、北海道に入った感覚がない。
建設当時、日本の海底削岩技術者を結集し、あれ程まで苦労して完成した「青函トンネル」である。
せめて新幹線が 青森・北海道の中間地点に指しかかった際は、
海底下 何メートル地点を通過中と一言 アナウンスして頂ければ、青森から北海道に入る感覚と「青函トンネル」工事関係者への慰労の気持ちを伝う継ぐことが出来るのにと。。。率直に感じました。

開業して1年余りの新函館北斗駅で札幌行 特急 スーパー北斗9号に乗り換えた。

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車内販売の駅弁を食べて

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札幌駅で小樽駅行の快速ライナーに乗り継ぎ、午後3時37分 約8時間半かけて小樽駅に到着した。
羽田空港から空路ハワイまで約7時間余である。生まれて初めて8時間半 電車に揺られた旅が北海道 小樽から始まります。
小樽駅の駅舎には、レトロ感たっぷりの石油ランプが飾られいる。
明治・大正時代 電球のない時代に物流で栄えた小樽港である。
ノスタルジックなイメージが伝わって来る。

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小樽駅から歩きだすと、小雨が降り 長袖でも肌寒かった。
小樽で2泊するので、小樽運河まで歩き、早めにホテルにチェックイン。
1泊目は、小樽駅前の温泉付きビジネスホテル。
旅行二日目
小樽駅からレンタカーを借りて、小樽 貴賓館(旧 青山別邸)、小樽 鰊(にしん)御殿、
ニッカウヰスキー余市蒸留所から積丹半島 神威岬へ行く。

小樽 貴賓館 玄関先ホールにある 天井絵
「貴賓館」は、新しい建物で結婚式場、レストランを兼ねている。
北海道内の画家 一人一人が描いた天井絵と説明書きがあった。 
さしずめ 現代の「殿様の部屋」って感じです。

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この家が、以前 青山別邸と呼ばれていた見事な室礼が備わっている建物です。
青山家は、鰊(にしん)漁業の網元で、巨万の富を得て、大正6年から工事にとりかかり、6年余をかけて別荘を建てた。
パンフレットによると、現在の建築価格に換算すると、
総工費 35億円とか。
襖絵、調度品など見事な品々がある。(写真は不許可)
屋内は、18部屋ある。
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屋根の瓦まで、船の帆を形作って取り付けられている。
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小樽 貴賓館から直ぐ近く、海を見晴らすの丘の上に「小樽 鰊御殿」がある。
この大きな家屋は、明治24年から7年かけて泊村の波打ち際に建てられたが、
昭和33年になり、北海道炭鉱汽船(株)が北海道 積丹 泊村より移築して建てた。
この家屋は、網元 田中福松氏の家族と共に、鰊の最盛期は、漁夫120名位が寝泊まりしていた。
田中福松氏(青森県東津軽出身)は、鰊刺網漁から鰊の定置網漁業に移行し、
その後の漁獲高は、7,500トンとも云われた。
2階建ての総面積は、185.1坪と大きな一軒家造りになっている。
540トンの材木が使用され、仮に一般の民家(30坪)を建てると、
20棟分に相当する。
建物の材質は、東北地方から取り寄せた太いヒノキ、野球のバットの素材に使う
硬質な木材「たも」などが使用されている。
民家には、珍しい伽藍調の屋根の庇(ひさし)などがある。
又、素行の悪い漁夫などから家族を守る為か 金庫部屋に使用したのか
2階には、大きな隠し部屋まで造られていた。
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網元 田中福松氏は、明治、大正時代 北海道の鰊漁業で莫大な利益を得た。
その鰊業で得た資金で町の為に水道施設を作ったそうだ。
鰊御殿を見学に来ていた一見 教師風の夫妻がいた。
彼が教えてくれた話によると、
前記の 見事な 旧 青山別邸(別荘)は、網元 青山氏が
数人いた妾(めかけ)と過ごす為の豪勢な別荘を建てた。
一方 田中氏は、村民の為に水道施設を作ったそうだ。

豪華で煌(きら)びやかな別荘と 大きく・頑丈で立派な家屋。
人が歩む人生道は色々あるが、
古びた鰊御殿のほうが、確かな人の重みを感じた。
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ニッカウヰスキー 余市蒸留所
NHK 朝の連続ドラマでも放映された。
マッサン & リタ が、
北海道 余市でウイスキー作りの一歩を開始した場所だ。
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しめ縄が巻かれた蒸留装置の窯
年代を重ねたイイ色になっている。
「NHK・朝ドラ」苦労の連続のうえ完成した一場面が思い出される。
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広大な敷地内には、マッサン & リタ の歴史的資料などが展示してある。
写真は、マッサン & リタ が暮らした邸宅。
マッサンとは、ニッカウヰスキーの創業者
竹鶴政孝氏の愛称と竹鶴を支えたイギリス人妻 リタ である。
あの時代(大正9年) 日本人と結婚して英国スコットランドから単身日本に
渡り来た英国一女性の覚悟が感じらる。

ウイスキー貯蔵棟、歴史的価値のあるウイスキー資料棟、試飲・売店などある。

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積丹岬に行く途中 蝋燭(ろうそく)のような岩

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積丹半島 神威岬(カムイ岬)  かって 女人禁制の地 であった。

「女人禁制の神威岬と義経伝説について」
義経は、強い想いを寄せる首長の娘 チャレンカを残し、大陸に向けて舟で旅立ってしまう。
後を追って神威岬まで来たが、義経の舟は、遥か沖合に。。。
悲しんだチャレンカは、
「和人の舟、婦人を乗せて岬を通過すれば、覆沈せん」との言葉を残して、海に身を投じた。
チャレンカの投じた姿が神威岩となった。
以来、婦人を乗せた舟が周辺に近づくと転覆したことから、
神威岬は、明治時代の初期まで女人禁制の地であった。

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神威岬の先端まで、恐竜の背中を歩くようなのような道がある。
人一人行き交う際 譲り合わなければ通れないような細いアップダウンの散策路が岬の先端まで続く。
(所要時間 片道 徒歩30分位)
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散策路途中で振り返ると、急傾斜の崖下も。。。
写真 右側の大きな岩場の上付近から歩いて来た。
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神威岬の最先端
すくっと 鉛筆のように立つ 伝説 チャレンカの化身 神威岩がある。
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日本近海の黒潮は、マリンブルー
エーゲ海は、コバルトブルー
南国は、エメラルドブルー
そして、帰り際 曇っていた空が一部晴れ、紺碧の綺麗な海
「積丹ブルー」が現れた。
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積丹岬からの帰路 狐の親子が道端に現れた。
この付近に生息する狐のようだ。
観光客が餌を与えるのか。
車の窓ガラスを開けると、親狐が車の近くに寄って来る。
写真だけ撮って走り去った。
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次回は、小樽 散策に続き、大沼公園散策、函館散策へと続きます。


# by saitamanikki2008 | 2017-07-05 12:04 | Trackback | Comments(1)

雨を待って咲く花


3日前、梅雨の季節らしい雨が一日中 降り続いた。
その後、晴れて 朝夕は湿気の少ない清々しい日々に戻りました。
昨日 早朝散歩から帰り庭を見ると、
レイン リリーの花芽がグングン 伸びて、綺麗な花が咲きました。

 確かに レイン(雨) と名前についているように、
雨が降った後に咲きます。


レイン リリー

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以下は、雨と関係ありませんが。。。

一年中 庭先で咲き続けているチェリーセージ

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多分 セダム (多肉植物)  

数年前から庭を覆うように、小さい黄色い花が咲き綺麗です。

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美しいあじさい&6月のイメージショット!



# by saitamanikki2008 | 2017-06-24 12:25 | Trackback | Comments(2)

野球観戦でドーム球場へ


野球観戦に東京ドーム球場に行った。
その前にJR秋葉原駅を降りて、

湯島聖堂、神田明神をブラブラ.....。
湯島聖堂の周りは、立派な塀に囲まれている。
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湯島聖堂の起源は、
江戸時代 5代将軍 徳川綱吉によって孔子廊として建てられ、
後に幕府直轄の学問所となった。
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屋根の上の 聖獣 鬼龍子。 何だか 不気味な感じです。
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神田明神 楼門
「江戸・総鎮守」として、
約 1300年近くの歴史がある。大正12年の関東大震災で焼失。
鉄筋コンクリート造りの社殿が造られた。
コンクリート造りなので古さは感じられない。
色彩も綺麗に塗られ、むしろ 都会の神社って感じである。

新年は、商売繁盛を願って
都内の会社から背広姿の参拝者が多い。

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拝殿前には、「茅の輪くぐり」
「8の字」を描くように回り参拝した。
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JR秋葉原駅に戻る途中にあった「秋葉原神社」
都会的と云うか ビルの一部として存在している。
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内部を覗くと、所狭しと数多くのフィギュアが。。。
奉納 フィギア の棚がある。

やはり 秋葉原 オタクの聖地と云うことか。
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柱の横には、巫女のフィギュアも
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秋葉原神社からJR秋葉原駅に行く途中
数多くのメイドカフェ姿の若い女子が、客の呼び込みしている通路があった。
初めてメイドカフェ姿を目撃した。
昔は、電気街で有名だった。現代は、これも秋葉原と云う街の顔なのか。


そして、東京ドーム球場へ。
1階 ネット裏 34列 観戦には良い場所である。

巨人 Χ 中日 戦
ここ最近 巨人は連敗続き。応援したが、結果は1-0で負けました。
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場内は、数多くの若い女子がビールなどの飲食物を販売している。
シート脇の通路を大きなビールタンクを背負って、
試合中 何回も階段を速足で登り、そして又 駆け下っている。
飲み物を頼むと、笑顔が大変 可愛らしい。
飛行機の キャビンアテンダント と比べても、
その若さと笑顔が素晴らしい。

約3時間近く、重い商品を肩にかけて、
階段を昇ったり下ったり、大変な仕事だ !!
メイドカフェ姿で働く、
ブラブラして働かない女子より良いが。。。
球場内で精一杯 働く 若い女子に、
若さと頑張り、その働きぶりに感動した夜でした。



# by saitamanikki2008 | 2017-06-24 12:21 | Trackback | Comments(3)

梅雨らしい天気に


早朝散歩する大宮公園の池が、今 青緑色になっている。
一見 綺麗に見えるが。。。不自然な色彩である。
先日 青潮で海水が変色している風景をテレビで見た。

青潮は、夏季に多く発生し、
有機物で汚濁した海水が青緑色になる現象を云うとか。
大宮公園の池も同じ現象だろう。

春先から雨らしい雨が降らず、入梅しても晴天が続き、
畑は、カラカラに乾燥している。
やっと 恵みの雨が降り始めた。

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早朝散歩の帰り道 
池にポツポツと雨が降り始めた。
午後からは、雨が強くなるらしい。

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早朝散歩から帰ると、庭のツユクサが雨を待っていた。

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# by saitamanikki2008 | 2017-06-21 12:11 | Trackback | Comments(2)