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山形・出羽三山 観光参拝 (二日目)


・・・山形・出羽三山 観光参拝の二日目・・・

山形・寒河絵市にある宿泊ホテルの朝
目の前を流れる最上川
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この朝も快晴である。ホテルから月山を望む。
流石 山形・月山、猛暑続きの日々であるが、8月に入っても残雪がある。
 月山は、7月1日 山開きして、9月には閉山するとか。
冬は、大雪が降るんだナ~。
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稲田の風景
この日も、観光バスで山形・出羽三山 の 羽黒山神社、湯殿山神社を観光参拝する。

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山形・羽黒山神社の案内図
(羽黒山 標高 414メートル)
月山 並び湯殿山は、冬季 深雪の為に登って参拝出来ないことから、
羽黒山 山頂に三神(月山・湯殿山・羽黒山)を祀る合祭殿が創られたと云われる。

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羽黒山の入り口 鳥居にも。。。月山・羽黒山・湯殿山と三神の表示がある。

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修験道の姿をした羽黒山 案内人の先導で杉並木の山道を歩く。

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杉並木にある石畳み 登ったり下ったり

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羽黒山 山頂にある三神合祭殿に至る石畳には、
33個の盃(さかずき)などの絵が描かれていると云う。

この石には、修験道姿の絵が。。。

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石畳の絵を探しながら歩いたが、容易に盃は見つけられなかった。
これは、徳利と盃が。。。

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・・・修験道が身を清める場所・・・
神橋から須賀の滝を撮る
古くは、出羽三山に参拝する人々は、この川で身を清めたそうだ。

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神橋を渡ると、太い老杉 樹齢 千年の「爺杉(じじすぎ)」がある。
昔は、婆杉(ばばすぎ)と並んで立っていたが、明治35年 暴風で折れてしまった。
同行していた観光客が、
「現在は、爺より婆が長生きしているネ」とか冗談を。。。
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杉の木立の間から荘厳な羽黒山 五重塔(国宝)が見えた。

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羽黒山 五重塔 (国宝)
創建は、平将門(903年~940年)と伝えられ、鎌倉・室町時代に現在の塔が再建された。
高さ 29.4メートル、五層の素木造り、柿葺き屋根
今年 平成30年は、天皇陛下御在位 30年
三神合祭殿再建 200年
明治の神仏分離により、開山 千数百年の出羽三山が神社となって、150年。
今年4月から11月4日まで、明治以来 非公開の
羽黒山 五重塔の内部を特別公開していた。
外部の階段を昇り内部を見た。
「御柱と木組み」
歴史と日本建築の素晴らしさが、一目で伝わって来る。
勿論 釘 一本使われていない(釘は錆て腐食するから)
御柱・材木・板を組み合わせ、
葡萄の蔓(つる)で束ね縛る。
高さ 29.4メートルの塔が。。。!!
東北・山形の厳しい風雪に耐えた「羽黒山 五重塔」に畏敬の念を抱いた。

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「羽黒山 五重塔」を見物し、観光バスに戻る途中、
私が歩く6~7メートル先で突然
あ~ !! あ~  !!  周囲の人々が声を上げたので何か異変が起きたことを知った。

一緒に観光に来ていた年配の女性が、登り石階段でバランスを崩し
石階段横の深さ1メートル位の石濠に落下した。
石濠は草むらで覆われ、石階段から落下した女性の姿は見えなかった。
直ぐに「羽黒山 五重塔」のガイドをしてくれた修験道姿の女性と修験道姿の男性が濠の中に滑り降りた。
年配の女性を抱き起こすと、前頭部から大出血していた。
男女の修験道姿の白衣は、大量の鮮血で真っ赤に。。。
すぐさま修験道姿の女性が、手に持っていた手ぬぐいを傷口に当て、
修験道姿の男性の手ぬぐいで頭部を包帯した。
その素早さは、看護婦さんのように手慣れたようで素早かった。
怪我した女性を濠から押し上げようとしたが、深い濠で押し上げられない。
その場にいた私が、濠の淵から手を伸ばし怪我した女性の身体を引き上げた。
そして、救急車要請を修験道姿の男性にお願いした。
旅の女性添乗員も直ぐに現場に来た。
負傷した女性と一緒に旅に来ていたご主人は、
ただ オロオロしていた。
救急車(隊員)が到着した段階で、
負傷した女性・ご主人と、旅の女性添乗員を残して、ツアーが続行された。
再び、観光バスに乗り、羽黒山 山頂にある三神合祭殿(重要文化財)に行く。

羽黒山 駐車場で観光バスを降りると、
羽黒山 山頂の案内人も修験道の衣装を身に付け、
法螺貝(ほら貝)を吹き、解説して頂いた。
このような近くで法螺貝(ほら貝)の音を聞くのは、初めてであった。

修験道の衣装 後ろ姿

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前は、このような姿
法螺貝(ほら貝)を首から下げている。

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そして、足元

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鐘楼 & 大鐘

鐘楼の屋根は、茅葺 造り、大鐘は、1275年(建治元年)の記銘があるとか。
口径 1.68メートル 中世以前に造られた鐘としては、
東大寺の鐘に次ぐ大きさである。
神社に鐘があるのは、神仏習合時代の名残りである。
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羽黒山 本殿(三神合祭殿)
月山・羽黒山・湯殿山を祀る豪壮な建物でした。

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三神合祭殿の高さ、28メートル
茅葺屋根の厚さ 2.1メートルと凄い厚さである。

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内部は、総漆塗り

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軒下には、屋根を担ぐような像があった。

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羽黒山 斎館において、精進料理の昼食
精進料理は、以前 高野山の宿坊で食べたが、今回も結構 美味しかった。
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昼食後、観光バスで湯殿山 駐車場に向かった。


・・・湯殿山神社 鳥居・・・
(湯殿山 標高 1504メートル)
出羽三山は、月山・羽黒山・湯殿山の総称である。
湯殿山神社 鳥居の奥は、神域として撮影禁止となっている。
神社のような社殿などの建物はない。
そして、古来から湯殿山神社について、
『 語るなかれ、聞くなかれ 』
と云われていた。
鳥居の横から参拝バスに乗り換えて、湯殿山参拝する。
参拝バスを降車すると、
参拝グッズなどの売店がある。
売店横で、靴・靴下を脱いで裸足になった。
お祓いを受けた後、
小さい人型の紙を身体に摩り、人型の紙を息を吹きかけ、水に流した。
目の前に高さ5メートル位の赤茶色の巨大な石があった。
この巨大な岩石が「ご神体」であった。
そして、ご神体の上部から水が流れている。
参拝者は、裸足で「ご神体」である巨石に注意しながら登り始めた。
初日は、月山で怪我した負傷者をヘリコプターが搬送した。
そして、羽黒山でも旅の同行者が転倒して大怪我。
一度あることは、二度。二度あることは、三度 ?
誰もが 最大の注意を払いご神体に昇る。
水が流れていると思っていたが、驚いたのは足底が熱い程の温泉水であった。
ご神体の先まで登り湯殿山神社の石標に参拝する。
ご神体を降りてから、足湯場所に周った。
真夏であるが、足湯に両足を浸けてみた。
熱い温泉水だった。
神職に温度を聞いたところ、50℃位と教えてくれた。
社がない神社の参拝は、生まれて初めての体験で印象に残った。

湯殿山神社は、自然崇拝の原型を現代に留める唯一の神社であった。

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真夏に山形・出羽三山 神社を観光参拝した。
観光バスで出羽三山を巡る中で、
バスガイドさんから面白い話を聞いた。
月山は、過去。 羽黒山は、現在。 湯殿山は、未来。
自分の過去、現在、未来を参拝、お祈りすることと教わった。
又、山形駅までの帰路
山を登る時、一合目、二合目など表示があるが、
一合、二合の「合」とは、何の意味 ?
昔、夜 カンテラの灯りで山を登った際、
カンテラに入れた油 一合(約 180ミリリットル)が無くなった場所が一合目となった。
次に180ミリリットルの油が無くなった場所が二合目になった。

スーパーマーケット等でアンデス・メロンを見るが、
実は、山形の人が、アンデス・メロンの名称を決めた。
アンデスとは、
「安心です」「安全です」「安価です」の造語であった。
「安」が「アン」になり、「です」が「デス」になり、
アンデス・メロンとなった。
驚き !! アンデス地方 原産のメロンでなかった。

山形駅に到着する頃 バスガイドさんが、
民謡 「最上川舟歌」を上手な山形弁で歌った。
本当に身に染み入るような最上川舟歌だった。

羽黒山で転倒、負傷した年配の女性ですが、
病院で手当 前頭部を3針縫って、山形駅で待っていた。
入院せずに帰りの新幹線に一緒に乗り帰ることができました。
色々の出来事があったが、
晴天に恵まれ、思い出に残る山形・出羽三山になった。


by saitamanikki2008 | 2018-08-06 15:44 | Comments(3)
Commented by odamaki719 at 2018-08-06 17:12
こんにちは♪
 山形・出羽三山・観光参拝の二日目は女性が石濠に落下を
したりハプニングがあって大変でしたね。
精進料理の昼食は美味しそうで暑い時期に食べると嬉しい
感じがします。量もちょうどよさそうです。
Commented by umi_bari at 2018-08-06 17:51
出羽三山の二日目も大作になりましたね。
歴史を感じますね、国宝の五重塔も良いですね。
バグースです。
Commented by takeshi_kanazaw at 2018-08-07 09:19
羽黒山の五重塔。 これは日本一だと思いました。
荘厳さもさることながら、屋根が瓦じゃない点が面白い。
この五重塔はもっと有名になってもおかしくないですね。
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