現在の世に 宮沢賢治が生きている




・・・国民の英雄  ボランティア おじさん・・・

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(テレビ映像をお借りしました)

  
山口県 周防大島町で行方不明になった 藤本理稀(よしき)君 2 歳が、
行方不明になってから3日目の8月 15日 朝、約68時間ぶりに無事 山中で発見 救助された。
子供を発見したのは、九州 大分県速見郡日出町からボランティアとして、
子供を探しに来ていた尾畠春夫さん(78歳)だった。
行方不明になった当日から、警察、消防、地元の方々が、
付近を捜しまわっていたが発見に至らなかった。
20日、理稀(よしき)君は、入院先の病院から元気な様子で退院した。

・・・子供を発見した猛暑の日・・・
家族に子供を無事に引き渡した後、
尾畠春夫さんは、家族からお礼として、食事・風呂のお誘いを丁重に断っていた。

テレビ報道によると、
九州 大分から軽自動車にボランティア用具を積み、車に寝泊まりできる状態で、
失踪した2 歳児を探すボランティアをしていた。
これまで、東日本大震災、熊本地震、今年 夏の西日本豪雨の被災地でも
大分から軽自動車で災害現地に入り、ボランティア活動している。
そして、今回 理稀(よしき)君 2 歳児を救出した。
現在は、再び 西日本豪雨の被災地 呉市にボランティアに入っている。

食事は、朝食  パック御飯に水を入れ、梅干し数個だけ、
夕食も非常に質素で、この内容でボランティア活動を出来るのかと思うほどである。
そして、「お腹がすくと、何を食べても美味しい」と話す。
これまでも大分県由布市にある標高1,583m 由布岳の登山道整備のボランティアしていた。

藤本理稀(よしき)君 2 歳児の救出状況をテレビで見ていて、
フト ある有名な詩が頭を横切った。
それは 宮沢賢治の詩「雨にも負けず 風にも負けず」
現代に生きる 尾畠春夫さん(78歳)は、宮沢賢治の化身のように見えた。
この詩の最後に
「そういうものに わたしはなりたい」
とある。
37歳の若さで亡くなった宮沢賢治
貧しく、病弱であった。
その宮沢賢治が目指し、作品の中で描いた理想郷は、
尾畠春夫さん(78歳)の胸の中にある理想と同一でないだろうか ?
尾畠春夫さんが、宮沢賢治の詩「雨にも負けず 風にも負けず」を読んだか分らない。

尾畠春夫さん !!
貴方のような方は、日本の宝 です。
有難う !! 本当に 有難う ございます。
『 現在の世に 宮沢賢治が生きていた !! 』
と思えて、嬉しくて幸せな気分です。

・・・宮 沢 賢 治 の詩・・・
(特に黄色字の言葉に尾畠春夫さんを重ねてしまいます)

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫なからだをもち
欲はなく
決して怒らず

いつもしずかにわらっている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜をたべ

あらゆることを
じぶんをかんじょうに入れずに
よくみききしわかり
そしてわすれず

野原の松の林の蔭の
小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気のこどもあれば
行って看病してやり
西につかれた母あれば
行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北にけんかやそしょうがあれば
つまらないからやめろといい

ひでりのときはなみだをながし
さむさのなつはオロオロあるき
みんなにデクノボーとよばれ
ほめられもせず
くにもされず
そういうものに
わたしはなりたい



by saitamanikki2008 | 2018-08-22 09:42 | Trackback | Comments(5)
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Commented by takeshi_kanazaw at 2018-08-22 12:05
イヤイヤ、同感ですね。
なかなか出来ることじゃないです。
Commented by odamaki719 at 2018-08-22 13:42
こんにちは♪
 尾畠春夫さんを「宮沢賢治」の詩と重ね合わされたことが
凄いですね。今時珍しい本当のボランティアの方だと思います。
Commented by nenemu8921 at 2018-08-22 16:03
行方不明になった2歳の幼児を遠方の地から訪れて、捜索し、救出したボランティアの方の行動は、その報道に接して、日本中の人々を感動させました。
しかもささやかなお礼も断り、また西日本豪雨の被災地に入り、黙々と人の役に立とうと活動しているとか。
素晴らしい人がいるんだなあと、驚きました。
saitamanikkiさんの優しい想像力で、宮沢賢治の生きざまと重ねて下って、賢治を愛する者のとしてお礼を申し上げます。
でも、きっと、賢治は銀河の果てで、真っ赤になって「私は尾畠春夫さんに比するものではありません」とつぶやいているに違いないと思います。
有名になった「雨ニモマケズ」は、作品ではなくて、病床で手帳に書き残したメモのようなものです。
このように生きたかったけれど、為しえなかった悔いを綴っています。
≪そういうものにわたくしはなりたい≫と、はっきり書いています。
「尾畠さんは何倍も何百倍も私より立派です」と、賢治の消え入るような声が聞こえてくるようです。
saitamanikkiiさん。ありがとうございます。
宮沢賢治という人は聖人でも貧しい農民でもありませんでした。
しかし、詩人として、文学者として、日本語で書かれた彼の多くの作品は時代を超え、国境を越え、世界中の人に大きな感動を与えました。
機会があったら、ぜひ彼の伝記ではなく、彼の作品を読んでみてくださいね。
Commented by umi_bari at 2018-08-22 18:27
本当に凄いお方だと思います、唯唯頭が下がるのみです。アラックには全く出来ません。仕事だけ、通勤だけで精一杯なんですよ。
Commented by hisae-18 at 2018-08-28 08:21
お久しぶりです。
我が家の孫もほぼ同じくらいで、他人事とは思えぬ思いで
無事を願いました。
警察が見つけられないところを、よくその感を頼りに
探されたな・・・と、感動しました。
見つかったときは、夫と二人歓声をあげて喜びました。
暗いニュースばかりの日本ですが、温かい心のお方もいるのだと、心からジーンときました。
若い方にもこの精神を見習って欲しいですね。
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