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十日市



12月10日 武蔵一之宮 氷川神社の「十日市」があった。
「十日市」が来ると、とうとう師走に入ったナ~と感じる。
この日、朝から縁起物を買うために大勢の人々が
氷川神社を参拝、熊手などの縁起物を買って帰る。

夕方になると、多くの縁起物を売る店にライトが灯され、
人の通行も多くなる。
周囲の道路は、交通規制され氷川神社の参道周囲は、
色々な食料品、品物などを売る店が立つ。
子供たちは、露天商で売っている食べ物をパクついている。
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境内の彼方此方で、声を張り上げた 三三七拍子が聞える。
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通行人は、ライトに照らされた縁起物 熊手などを品定めして歩く。
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大きな熊手は、既に予約札に会社名などが書いてある。
「 ウン十万 」
大きな熊手を肩に担いで帰る姿を目撃すると、
この会社は、今年 景気が良く、儲かっているのだろうナ~ と、つい想像してしまう。
勿論 商売人でない個人は、千円位の縁起物を。。。

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熊手のデザインは、色々とあり、
幸運をかき寄せる縁起物がびっしりと熊手に飾られている
お多福の飾りとか
鯛とか
米俵とか
これはフクロウが飾ってあった。
不苦労(ふくろう)
が来ないように。。。と云う事か ?

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境内の一角に
昨年 十日市で購入した縁起物・熊手を納める場所があった。
大小 数多くの熊手が置いてあった。

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10日 大宮公園の早朝散歩に際に撮った風景
前日の深夜に既に熊手などが飾られていた。

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氷川神社の舞殿には、生け花 草月流の大きな作品が飾られている。

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by saitamanikki2008 | 2018-12-17 12:22 | Trackback | Comments(2)

続 紅葉



12月11日 午前6時40分 朝の寒さは、底冷感があった。
大宮公園にある寒暖計は、マイナス 3.5℃ 
良く晴れた朝 放射冷却で、この季節としては 一番 寒かった。
長期予報だと、今年の冬は、暖冬気味
と云われていたが。。。
北風も吹き、寒さが急にやって来た。

前回に続き紅葉写真を掲載します。


・・・優しい晩秋の風景 11月下旬・・・
大宮公園の小路
西陽が射し込み、木々が道路に影を落とす。。。
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・・・真っ赤なドウダンツツジ & 散歩人・・・
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この真っ赤な木は、何んだろう  ?
葉の形状からハゼ系のような木ですが。。。
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・・・とっておきの紅葉・・・

真っ赤な葉の中に左右対称の緑色の点々が入っている。
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・・・The   モミジ・・・
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・・・池に落ちた モミジ葉・・・
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・・・水に流れる枯葉 & 赤い センリョウの実・・・
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・・・晩秋になると蔦(つた)も赤く染まる・・・
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フェンスに絡まった蔦が真っ赤に........紅葉  !!
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by saitamanikki2008 | 2018-12-13 07:22 | Trackback | Comments(1)

大宮公園 & 氷川神社 紅葉散策



とうとう本格的な寒さがやって来ました。
12月10日 今朝、6時40分
大宮公園の寒暖計は、3℃でした。

今年の秋・初冬は、本当に暖かくて、
モミジが綺麗に染まらないと心配していたが、
その季節になるとモミジは、いつもと変わらず真っ赤な紅葉になってくれました。
武蔵一之宮 氷川神社 参道から大宮公園の紅葉風景を撮りました。
一番 艶やかな紅葉を撮ったので、必ずしも同一日時の写真ではありません。

・・・氷川参道の秋・・・
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・・・氷川参道 楼門・・・
赤いモミジと楼門の赤が似合う
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・・・大宮公園 日本庭園・・・

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私は、頭上で真っ赤に染まった紅葉の葉々を
見上げるのが好きである。
まるで自身が、真っ赤な紅葉の中に包まれているような錯覚
そんな光景が好きである。

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・・・大宮公園 晩秋の池・・・
この季節、陽の出る時間が遅い。

6時40分 早朝散歩、ラジオ体操が終わって
大宮公園の池を見ると
良く晴れた早朝は、西の空がピンク色に染まる時がある。
空を写す水面もピンク色に。。。

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・・・池の岸にあるヤマモミジ・・・
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大宮公園の綺麗な紅葉

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見上げて見ると、
感動するよう紅葉が見られる

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このまま、真っ赤な紅葉が散らないで。。。と思うが、
紅葉が本当に綺麗な日は、3日間と聞いたことがある。
今年も3日間の時 最上級のモミジを見られて
最高の晩秋でした。
・・・散り紅葉・・・

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次回も散歩中の紅葉を掲載します。



by saitamanikki2008 | 2018-12-10 15:57 | Trackback | Comments(3)

夕陽を見に 秋谷海岸へ (3)



前回に続き秋谷海岸の夕景です。

赤く染まった夕景の中 小舟が往く

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もう 陽が沈む......。

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秋谷海岸 前田川でダイサギが一羽
小魚を狙っていた。

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何の変哲もない 一本の電柱
何故 写真に ?  と思うに違いありません。
今 日本国内に立っている電柱は、殆どがコンクリート製
これは、今となっては大変珍しい 木製の電柱なんですョ。
立っている場所は、
横須賀市秋谷1丁目 キラキラ公園から海岸方向に降りた場所近く。 

まだ頑張って立っている木製電柱に いつまでも頑張って !!  と声援を送りたくなった。


昭和初期ごろから耐久性に優れたコンクリート製の電柱が製造され現在ではこれが主流となっている。
因みに、函館の観光パンフレットにも掲載されている末広町にある日本最古のコンクリート電柱、
大正12(1923)年に設置された、日本最古のコンクリート製の電柱であるのを以前 函館観光した時に見た。

・・・秋谷1丁目に立つ木製電柱・・・

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by saitamanikki2008 | 2018-12-08 07:15 | Trackback | Comments(2)

夕陽を見に 秋谷海岸へ (2)



前回に続き、秋谷海岸編が続きます。

・・・早朝の秋谷海岸 アロエの花 & 立石 & 梵天の松・・・
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朝 早くから漁船が操業している
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この日 東京湾内 三浦半島 三浦海岸の先、金田漁港内にある
金田食堂に昼食を食べに行く。

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定食 1,500円
刺身、白エビ&野菜の天ぷら、エビ、あら煮、酢の物、お新香等
御飯・味噌汁 ボリューム感たっぷりだ !!

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食後 漁港を散歩すると、猫が彼方此方に。。。
ポカポカ陽気にチョット 眠そうな猫

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この猫は、お腹を上にして日光浴って感じだ。

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暖かい日差しの中、 子猫が2匹 爆睡状態です

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この日の秋谷海岸は、夕方 雲が広がって。。。
少し寂しい夕景になりました。

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次回も秋谷海岸の夕日が続きます。

by saitamanikki2008 | 2018-12-07 07:08 | Trackback | Comments(0)

夕陽を見に 秋谷海岸へ (1)



三浦半島の相模湾側は、夕陽が綺麗に見える。
時々、夕陽を見に秋谷海岸に行く。
11月 最後の週、秋谷海岸から見る夕陽は、伊豆半島の網代付近に
静かに沈んでいく夕陽が見られる。

・・・赤く染まった空と海・・・
見える範囲が真っ赤に染まる
この光景が見たくて、内陸の地 さいたま市から足を運ぶ。

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夕陽に染まった砂浜に足跡が
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今年は、11月下旬になったが夕暮れ時でも暖かい。
例年なら太陽が沈むと、グッと寒くなるのだが。。。
右端に富士山のシルエットが浮かぶ.....。
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今年のような気温が高い日は、海上からの湿気も上がり
富士山は、ぼんやり見える。
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水平線上、赤く染まった西方の空を残し
上空は、徐々に暗く。。。
そろそろ 帰ろうか.....。
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秋谷海岸を3回に分けて投稿します。


by saitamanikki2008 | 2018-12-06 07:12 | Trackback | Comments(2)

晩秋の「渋柿の里」見沼の散策



秋が深まった 11月24日 「見沼田んぼ地域ガイドクラブ」主催の
・・・晩秋の「渋柿の里」と見沼自然公園 散策・・・
に参加(参加費 300円)した。
ボランティア・ガイドが散策途中に色々と説明してくれる。

集合場所は、午前9時30分 浦和美園駅改札口前集合
15~6名位の参加者があり、2グループに分けて散策した。

浦和美園駅は、地下鉄南北線と相互乗り入れしている埼玉高速鉄道の終着駅である。
サッカー 浦和レッズのホームスタジアムである「埼玉スタジアム」の最寄り駅である浦和美園駅の改札口を出ると、
ステンドグラスだろうか  大きな窓にサッカーの漫画絵があった。

「埼玉スタジアム」は、サッカー ワールドカップなど主要なサッカー大会に使用されている。

浦和美園駅を「埼玉スタジアム駅」と改名したほうが、分かり易く良さそうである。
因みに、浦和という狭い地域に浦和と名称の付く駅は、何と !!   8ヶ所もある。
浦和の地名を広めたい目的なのか、一部のダサい 浦和人のエゴなのか

浦和駅、北浦和駅、南浦和駅、武蔵浦和駅、西浦和駅、中浦和駅、東浦和駅、
浦和美園駅、
駅の所在地などを駅名にすれば分かり易いが、
これでは、各駅名が重なり混乱して余計に分かりにくい。
 典型的な ダサい ネーミングであると思う。
ネットのウィキペディア事典(Wikipedia)によると、

『ダサい』とは、「恰好悪い」「野暮ったい」「垢抜けない」などといった意味を持つ俗語、若者語である。
1980年代にタレントの「タモリ」が埼玉県民を嘲笑する意味で「ダサい」と「埼玉」を掛け合わせた
「ダ埼玉」という造語を生み出して流行させた。

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見沼田んぼに近い 浦和美園駅の外壁には、龍と白鷺の彫刻もある。

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この地域を初めて散策する参加者は、私も含め 第二グループで歩くことになった。

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浦和美園駅から広い歩道を歩き、埼玉スタジアム前を通り散策が始まる
歩道沿いにある山茶花の花が散って、歩道脇が綺麗だった。

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埼玉スタジアム全景
 
サッカー開催日は、熱狂に包まれ大きな歓声が聞えるのだが、
この日は、静かであった。

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このバラは、浦和レッズに因んで「浦和レッドダイヤモンズ」(愛称:Reds Rose)
という名称の四季咲きの真っ赤なバラが咲いていた。

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地元の小さな神社 足立神社、寺山天神社を廻る。
足立神社にある狛犬には、足に糸が結び付けられている。
足にまつわる願いを込めて.....。
遠くに行かないように。。。行方が分らない人が帰ってくるように。。。
等を祈り、狛犬の足に糸を結ぶとか。

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・・・長屋門・・・
江戸時代に上野田村の天領分の名主役を務めた深井家
深井家長屋門(さいたま市指定 有形文化財)は、
茅葺寄棟造り
横 21メートル 高さ 5.5メール 中央の通路 幅 4.7メートル
と大きい。
弘化元年(1844年)建立した棟札が伝わっているそうだ。

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中央の通路の天井部分を撮った写真

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・・・渋柿の里・・・
江戸時代 中期以降 この地域を中心に赤山渋が盛んに生産されていた。
赤山渋とは、渋柿の渋を原料にして作った染料で防腐・防水剤として
家屋の外壁、縁側、板塀等に塗ったり、
提灯、唐笠、扇子、型紙等 多様な用途に使われていた。
その製造過程は、柿もぎ、粉砕、発酵、圧縮、貯蔵、詰め作業

畑には、今でも渋柿の木が残っている。
野鳥も食べない程に渋~ぃ !!

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渋柿だが、見事な実の付き具合である。

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今回の散策に参加した男性が、渋柿 一個 採って口に入れた。
ワ~ 渋っ !!
口の中に渋の厚い幕が。。。と云って、吐き出した。

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これは、ガイドさんが赤山渋を塗って作られた日本傘を見せてくれた。

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「見沼田んぼ」に中に作られた 見沼自然公園に到着

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江戸時代に干拓された武蔵国の見沼には、龍にまつわる昔話がある。

江戸 徳川吉宗の時代、紀州藩から来た治水家の井沢弥惣兵衛が見沼の干拓を命ぜられ干拓の準備にとりかかった。

ある日、弥惣兵衛が逗留する天沼の大日堂に一人の女性が訪ねてきた。
彼女は自分を見沼の竜神だと言い、干拓によって見沼には住めなくなるので
次の住処を見つけるまでの間作業を中止してほしい、と頼んだ。
弥惣兵衛は彼女の話を真に受けずに工事を始めた。
しかし様々な災難がふりかかり工事ははかどらず、
干拓指揮者を務める弥惣兵衛も病気になり寝込んでしまった。
するとあの女性が現れて、病気を治すから願いを聞き入れてくださいと言い、
その後も毎晩のように現れては明け方に姿を消した。
いっぽう弥惣兵衛の病状は回復に向かっていった。
ある晩たまたま弥惣兵衛の寝床を訪れた人が、
眠っている弥惣兵衛の体を炎を吐きながらなめ回す蛇女を見つけた。
後でその人から一部始終を聞いた弥惣兵衛は恐怖を覚え、片柳の万年寺に移ったところ、
その後は何事も起きず、工事も順調に進んだ。
しかし万年寺で村人の葬儀を行った際、棺桶が山門をくぐったところで
突如黒雲が空を覆い暴風が棺桶を持ち去るという怪事が発生した。
享保13年、見沼干拓の竣工により弥惣兵衛が万年寺を去ると、
怪事は一切起きなくなったという。
しかし、弥惣兵衛を支援した関東郡代の伊奈氏は、
オタケ様と呼ばれる見沼の竜神に祟られ、次々に災いに見舞われた。
竜神が氷川女体神社の池に移ったと知った伊奈家の家老が神社にお参りをすると祟りは治まった。


・・・見沼自然公園にある龍像・・・
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見沼自然公園の池には、多くの鴨がいる。
離れた場所には、白鷺 一羽を確認した。

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見沼自然公園から見沼代用水 東縁を渡り、隣接する「さぎ山記念公園」にある
「さぎ山記念館」を訪れた。
「見沼田んぼ」には、8代 将軍 吉宗の見沼干拓事業が完成した頃から
白鷺・渡り鳥の餌となるドジョウ、タニシなどが生息し、
白鷺・渡り鳥が大繁殖して、大規模なコロニーを作っていた。
最盛期には、3万羽が農家の屋敷林に棲み、
一面 真っ白になった程であった。
その光景は、「野田のさぎ山」と云われ、国の特別記念物に指定された。
昭和40年頃から畑化が進行、又 農薬の使用などで
小魚、ドジョウ、タニシなどが激減した。
その影響を受けて白鷺・渡り鳥の餌が無くなり、
白鷺・渡り鳥の姿も減少、昭和47年 国の特別記念物の指定が取り消された。
「さぎ山記念館」には、昔 数万羽の白鷺を写した写真などが
展示してある。
又、アメリカ メトロポリタン美術館には、
白鷺の生息状況を写した写真が、保管・保存されているそうである。

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見沼たんぼ周辺は、縄文時代前期の貝塚が数多く発見されている。
約6000年前を境に海が後退し、入り江が東京湾と分離して、無数の沼・湿地が生まれた。
現さいたま市の東側に位置する場所が、見沼・誕生の地となった訳です。
広大な「見沼田んぼ」に水田が広がっていた頃、稲刈りの後の田んぼには、
フナノと 呼ばれる藁塚が作られた。
農作業の機械化や生活様式の変化などで、今は藁をとることがなくなり、
藁を保存するために作られていた藁塚であるが、今では全国各地でも姿を消して見られない。

見沼たんぼの開発は、江戸時代中期、徳川吉宗とくがわよしむねの時代である。
徳川吉宗による幕府の財政改革(享保の改革きょうほうのかいかく)の為、
土木技術家・井沢弥惣兵衛に、見沼に点在していた池沼の新田開発が命じられた。
その一つとして、享保12年(1727年)に見沼溜井みぬまためい が干拓され、
「見沼たんぼ」が生まれた。
そして、干拓された 見沼溜井 みぬまためい の代わりとなる農業用水の確保のため、
利根川から約60kmに渡って用水が引かれ、
見沼たんぼの 西縁 にしべり 東縁 ひがしべり の台地にそって水路が掘削され、
農業用水が供給された。
これが 見沼代用水 みぬまだいようすい となった


見沼代用水 東縁沿いの田んぼに作られたフナノ
形は楕円状で屋根には獅子頭が飾られ、船の形に似ているのでフナノと呼ばれたのか、名称の由来は不明だそうです。

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巨大なフナノ

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by saitamanikki2008 | 2018-12-04 12:46 | Trackback | Comments(2)